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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和37年(ワ)235号 判決 1963年10月29日

原告 八木美代 外三名

被告 阪神タクシー株式会社

主文

被告は原告八木美代に対し金四〇七、一二四円原告八木タカエ同八木博美及び同八木恵巳子に対し各金二二五、〇五九円並びに右各金員に対する昭和三七年八月九日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告等のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分しその一を原告等の負担その余を被告の負担とする。

本判決は原告八木美代において金三〇、〇〇〇円爾余の原告等において各金一五、〇〇〇円の担保を供するときは原告等の勝訴部分にかぎり仮に執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告は原告八木美代に対し金一、〇八九、六六二円原告八木タカエ同八木博美及び同八木恵已子に対し各金六一四、二三七円並びに右金員に対する昭和三七年八月九日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、左のとおり陳述した。

一、被告は自動車による旅客運送事業を営む会社である。

二、被告に自動車運転者として雇われている訴外龍園孝治は、被告所有の普通乗用自動車(兵五い三七二三番)を右事業のため運行し、昭和三六年九月一四日午後〇時一〇分頃、西宮市上甲子園口二丁目八九番地の交叉点を、南から北へ時速約四〇粁で進行中、同交叉点中央部附近において、折柄第二種原動機付自転車に乗つて、同交叉点を東から西へ横断中の八木吉夫の自転車の左側後部に、自己の運転する自動車の前部を激突させ、右吉夫を同日午後二時一二分頃脳底骨折脳内出血により死亡させたものである。

三、右事故により原告等は次のような損害を蒙つた。

原告八木美代は亡八木吉夫の妻、原告タカエ(当時一三才)同博美(当時一一才)及び同恵已子(当時八才)は美代と吉夫間の実子である。

(一)  財産上の損害

イ  亡吉夫は健康な男子であつて、訴外甲子園電気株式会社に勤務し、月収手取額金三〇、〇〇〇円以上であり、原告等四名を扶養していた。

亡吉夫は死亡時三九才であつて、同年令男子の平均余命は三〇、三年であるから、同人も本件事故がなかつたならば、この期間生存して稼働できたものと推認されるので、その間における得べかりし利益は左のとおり金三、五六七、三二八円である。

30,000円×12×(0.9+0.4+0.5+0.6)/(1+0.9+0.4+0.5+0.6)×30.3÷(1+0.05×30.3)=3,567,328

右計算は、消費者単位基準指数としての本人を一とし、配偶者を〇、九、子女は年令に応じて消費者単位数を長女〇、六、二女〇、五、三女〇、四とみたもので、この消費者単位指数の合計を分母とし、本人を除いた消費者単位指数を分子とした数を、本人の収益に乗ずることにより、本人の生活費を控除した純利益を算定したものであり、これを一時に支払をうける場合であるから、ホフマン式計算法により年五分の中間利益を控除した。

右吉夫の得べかりし利益を、原告等は相続分に応じ、原告美代は金一、一八九、一一一円、爾余の原告等は各金七九二、七三九円宛相続した。

ロ  原告美代は、右吉夫の事故死のため、(1)手術料輸血料等医療費金二二、〇〇〇円(2)葬祭費金六六、〇〇〇円(3)仏寺等寺への支払金二四、〇〇〇円(4)仏具購入費金二〇、〇〇〇円(5)石碑購入費金二〇、〇〇〇円計金一五二、〇〇〇円を支出したが、労働者災害補償保険法により葬祭費金五八、六九五円の給付をうけたので、これを控除した金九三、三〇五円の損害をうけた。

(二)  精神上の損害

原告等は亡吉夫を一家の柱と頼み、平和にして幸福な生活を営んできたところ、本件事故により突如同人を失い、一夜にして悲運の底につき落されて日々悶々の生活を送つている。

原告美代は爾余の原告三名を養育するため、病弱の体にむちうつて稼働しなくてはならぬ窮状にある。

これら諸事情を考慮して、原告美代は金三〇〇、〇〇〇円、爾余の原告等は各金一五〇、〇〇〇円の慰藉料が相当である。

(三)  ところで、原告等は本件事故死により、自動車損害賠償保障法による保険金五〇〇、〇〇〇円、労働者災害補償保険法による遺族補償金九七八、二六〇円の各給付をうけたので、これを原告等の相続分に応じ、原告美代は金四九二、七五四円、爾余の原告等は各金三二八、五〇二円宛前記損害金の内入弁済に充てた。

すると、原告美代は右(一)イロ及び(二)の計金一、五八二、四一六円より(三)の金四九二、七五四円を控除した金一、〇八九、六六二円、爾余の原告等は各自右(一)イ及び(二)の計金九四二、七三九円より(三)の金三二八、五〇二円を控除した金六一四、二三七円の損害額となる。

四、原告等の右損害は、自己のため自動車を運行の用に供する被告が、その運行によつて他人に加えたものであるから、原告等は自動車損害賠償保障法第三条に基き、被告に対し右金員及びこれに対する本件訴状到達の翌日たる昭和三七年八月九日より完済まで、民事年五分の遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求に及んだ。

被告主張に対し、亡吉夫が先に交叉点に入り進行していたのであるから、同人に優先権があるのは当然で、後に交叉点にさしかかつた龍園は、右(東)方を充分注意せず、時速約四〇粁で突走り、交叉点中心附近を通過寸前の吉夫を認めて急制動をかけたが、時既に遅く、自動車の前部を自転車の後部に激突させたのであつて、本件事故は龍園の一方的過失により発生したと述べた。(立証省略)

被告会社代表者は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」旨の判決を求め、原告等の請求原因事実中、第一項は認め、第二項は被告の被用運転者訴外龍園が原告等主張の自動車を事業の執行のため運転中、その主張の日時場所において亡吉夫の自転車と衝突し、そのため同人が死亡したことは認め、その余は争い、第三項中、原告等と亡吉夫の身分関係並びに主張どおり保険金、遺族補償金及び葬祭料を受領の事実は認め、その余は否認し、第四項は争うと答え、ついで左のとおり述べた。

右龍園孝治は、主張の自動車を運転して右交叉点にさしかかつたが、同交叉点は南北道路巾員六、九米東西道路巾員五、三五米であるから、龍園の進行してきた南北道路が法規上優先権のある道路になつている。

そこで龍園は、同交叉点手前で制限速度六〇粁を既に四〇粁に減速徐行をはじめ、警笛を二、三回鳴らして、まさに交叉点に入ろうとその手前一米余に達した際、東西道路を東より西へ猛進して、約三米で交叉点に入ろうとする前記吉夫の運転する第二種原動機付自転車を発見したが、右吉夫は全く交叉点を意識せず、かつ龍園の自動車の進行にも注意せず、交叉点に暴走突入してきたので、龍園は咄嗟に急ブレーキをかけ、ハンドルを左へきつたが、交叉点中心より稍々西北の地点で吉夫の自転車の左側マフラー後部が、龍園の自動車の前部中央部をかすり、吉夫のスピードの反動余力により同人がハンドルをとられ、自転車は西北角で倒れ、吉夫は車より放り出され、斜右前方五、六米先の人家のコンクリート塀に顔面及び頭部を打ちつけて死亡したのである。

加うるに、八木は(1)交通法令違反常習者で、附近でも常に彼の運転は危険視されていた(2)第二種原動機付自転車運転免許条件として、眼鏡使用となつているのに、事故当時眼鏡をかけていなかつた(3)聴覚は難聴であり、警笛が聞えなかつたのではないかと思われる。

他方龍園は、平素より実に注意深く常に安全運転を心掛け、交通法令を犯したことなく、六年間無事故表彰をうけているので、本件の場合も最善かつ最大の適切な措置を講じたが、前記状況に直面しては如何とも事故の避けようがなかつた。

以上の次第で、龍園は運転について注意を怠らなかつたので過失なく、本件事故は亡吉夫の過失により発生したのである。仮に被告に責任がある場合でも右吉夫の過失を斟酌されたい。(立証省略)

理由

被告は自動車による旅客運送事業を営む会社であつて、被告の被用自動車運転者訴外龍園孝治は、被告所有の普通乗用自動車(兵五い三七二三番)を右事業のため運行中、昭和三六年九月一四日午後〇時一〇分頃、西宮市上甲子園口二丁目八九番地の交叉点において、折柄同交叉点を第二種原動機付自転車に乗つて横断中の亡八木吉夫の自転車と衝突し、そのため右吉夫が死亡するに至つたことは当事者間に争がない。

自動車損害賠償保障法第三条によれば、「自己のため自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。」と定められているところ、自己のため自動車を運行の用に供する被告が、その運行によつて右吉夫の生命を害したことが右のとおり明らかであるから、これによる損害賠償の責を負わねばならない。

ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたことなど同条ただし書所定のことを証明したときは、この限りではないので、運転者が注意を怠らなかつた旨の被告主張について判断する。

成立に争のない甲第二号証第八、第九号証証人龍園孝治の証言の一部を綜合すると、次の事実が認められる。

本件事故現場は、巾員約六、二米の南北道路と、巾員約五、三米の東西道路との交叉点であつて、両道路とも舗装され、道路両側は家屋が建ち並び、交叉点に入らなければ交叉する道路の交通を確認することが困難である。

龍園は右自動車を運転し、南北道路を南から北へ時速約四〇粁で進行して右交叉点にさしかかつたが、自動車運転者は右のような見とおしのきかぬ交叉点を直進するにあたつては、出会頭の衝突事故を防止するため、交叉点に入る際に一旦停止するか徐行して、左右の交通の安全を確認してから進行すべき義務があるのに、龍園はこれを怠り、前記速力のまま交叉点を突走ろうと、そのままの速力で進んだ過失により、自己が交叉点に入る手前約四米において、折柄原動機付自転車に乗つた右吉夫が、東西道路を東から、まさに交叉点に入ろうとするのを、自動車との距離約一一米の地点で初めて発見し、急遽停車措置をとつたが時既に遅く、約九米スリツプしながら交叉点中心部附近で、自動車の前部を進行する自転車の左側後部に衝突させ、その反動によつて吉夫は交叉点北西角のコンクリート塀に激突して転倒し、脳底骨折脳内出血等により同日午後二時一二分死亡するに至つたのである。右認定に反し、龍園が注意を怠らなかつた趣旨の同人の証言の一部は、前掲証拠によると、龍園が交叉点に入るより先に、亡吉夫が既に交叉点に入つていたのであるから、吉夫の自転車に優先権があるのに、それを交叉点中心部附近で龍園が右吉夫の自転車左後部に激突させたことが認められる点に徴し、龍園の右証言は措信し難く、その他乙第一、二号証は本件事故についての直接の資料とはならない。

してみると、本件事故は、亡吉夫の後記の如き過失もさることながら、龍園の自動車運転上の過失により発生したものと認めねばならず、龍園が注意を怠らなかつた旨の被告主張は到底採用できない。

そうとすれば、被告は右事故により原告等に与えた損害を賠償しなくてはならぬから、原告等の損害について検討する。

原告美代が亡吉夫の妻であり、爾余の原告等が美代と吉夫間の実子であることは当事者間に争がなく、成立に争いのない甲第六号証原告美代本人尋問の結果によると、亡吉夫は事故当時三九才にして、これまで健康に恵まれ、訴外甲子園電気株式会社に勤めて月収純手取額金三〇、〇〇〇円以上あり、原告等を扶養してきたことが認められ、同年令の男子の平均余命が原告等主張の三〇、三年以上(第九回生命表修正表によれば三〇、四九年)であることは明らかであるから、同人も本件事故がなかつたなら右期間生存してこの期間現在の月収額以上による収益を挙げ得たものと推認され(余命期間全部を稼働年数とすることは職種により疑問があるけれども、当然予測される収入の増加を考えると、平均的にみれば全期間にわたり現在の収益を下らないものと思われる)、年間金三六〇、〇〇〇円の純手取額より、亡吉夫の生活費として1/3.4を控除(原告等主張どおりの消費者単位数により、亡吉夫の生活費を控除して同人の純益を算定する方法は、同人の月収、扶養家族よりみて合理性があり、その結果を生計費調査の統計と比べても妥当である。)すると、金二五四、一一七円六四銭が年間の純益であり、これに右三〇、三を乗ずると金七、六九九、七六四円四九銭となり、これが得べかりし利益の喪失額であるが、これを一時に支払をうける場合であるから、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除すれば、金三、〇六一、五三六円になるのである(原告等の計算方法は正しいが計算違いがある)。

右得べかりし利益を、原告等は相続分に応じ原告美代は金一、〇二〇、五一二円、爾余の原告等は各金六八〇、三四一円宛相続したものである。

右事故死のため原告美代は(1)手術料輸血等医療費金二二、〇〇〇円(2)葬祭費金六六、〇〇〇円計金八八、〇〇〇円を支出していることは、成立に争のない甲第三ないし五号証原告美代本人尋問の結果により明らかであり、右以外にも物的損害のあることは窺われるけれども、適格な立証がないので認め難い。これに対し労働者災害補償保険法により葬祭費等金五八、六九五円の給付をうけていることは当事者間に争がないから、これを控除すると金二九、三〇五円となる。

つぎに慰藉料であるが、原告美代本人尋問の結果本件口頭弁論の全趣旨によると、原告等はこれまで亡吉夫を一家の柱と頼み、平和で幸福な生活を送つてきたが、突如本件事故により同人を失い、その悲痛のほどは察するに余りあり、原告美代は子女を養育するため病弱の体にむちうつて働いており、爾余の原告等も父を失い将来の多難が予測され、これに本件事故の態様その他諸事情を考慮すると、原告等の精神上の損害を慰藉するについては、原告等主張どおり原告美代は金三〇〇、〇〇〇円、爾余の原告等は各金一五〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

しかしながら、右甲第七、八号証によると、右吉夫は前記の如き交叉点を進行するに際しては、一旦停止するか徐行して、南北(左右)道路の交通の安全を確認して進行すべきであるのに、同人は徐行を怠り、かつ左右を見なかつたのか、南北道路を北から交叉点に向つてくる自動車に気付かなかつた模様で、かなりの速力のまま交叉点を直進中(この点は現場に自転車のスリツプの跡がないこと、衝突位置と飛ばされて約五米西北角の塀に激突して倒れた方向位置関係により推認される)本件事故にあつたものと認められ、この被害者の過失が事故の一因をなしていることは覆うべくもない。

そこで、原告等の右損害額の算定につき、亡吉夫の右過失を参酌して、その三分の一を控除するのを相当と認め(もつとも、原告等の慰藉料については被害者たる原告等自身に過失はないけれども、亡吉夫の過失をひろく被害者側の過失と解するのが正当である)、これによると、原告美代は相続した金一、〇二〇、五一二円葬祭費金二九、三〇五円慰藉料金三〇〇、〇〇〇円計金一、三四九、八一七円より三分の一を差引いた金八九九、八七八円、爾余の原告等は相続した金六八〇、三四一円慰藉料金一五〇、〇〇〇円計金八三〇、三四一円より三分の一を差引いた金五五三、五六一円の損害を蒙つたことになる。

ところで、原告等は自動車損害賠償保障法により保険金五〇〇、〇〇〇円、労働者災害補償保険法による遺族補償金九七八、二六〇円の各給付をうけていることは当事者間に争がなく、これを原告等の相続分に応じ原告美代は金四九二、七五四円、爾余の原告等は各金三二八、五〇二円を損害金の内入弁済に充てたことが認められたので、これを控除すると、原告美代は金四〇七、一二四円、爾余の原告等は各金二二五、〇五九円となるのである。

しからば、被告は原告美代に対し右金四〇七、一二四円、爾余の原告等に対し各金二二五、〇五九円及び右金員に対する本件訴状到達の翌日たること明らかな昭和三七年八月九日より完済まで、民事年五分の遅延損害金の支払義務があり、原告等のその余の請求は理由のないものとして排斥する。

よつて、原告等の本訴請求を右限度において正当として認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 榊原正毅)

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